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名古屋高等裁判所 昭和61年(う)393号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人石原真二が作成した控訴趣意書(当審第一回公判期日における弁護人の釈明参照)に、これに対する答弁は、検察官長谷川三千男が作成した答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

一  控訴趣意中、法令適用の誤りの主張について

1  所論は、要するに、原判決は、原判示第一の事実につき、刑法九六条と同法二三五条ノ二とを適用して封印破棄罪及び不動産侵奪罪の各成立を認めているが、(一)封印破棄罪が成立するためには犯行時に適法な差押の標示が存在していなければならないことが判例(最高裁判所昭和二九年一一月九日判決・刑集八巻一一号一七四二頁)によつて要求されているところ、原判示の公示札は、右第一の犯行時(昭和五八年七月一八日)の時点では、茶色の包装紙で覆われ、更に右包装紙の上から白ビニールテープで十文字に縛りつけられているという状態であり、したがつて、すでに差押の標示としての効力を失つていたから、同罪の成立する余地はないのであり、また、(二)判例は、不動産侵奪の成否について、具体的事案に応じ、不動産の種類、占有侵奪の方法、態様、程度、占有期間の長短、原状回復、占有排除及び占有設定意思の強弱、相手方に与えた損害の有無などを総合的に判断し社会通念に従つて決しなければならない(大阪高等裁判所昭和四〇年一二月一七日判決・高刑集一八巻七号八七七頁)としているところ、本件土地については原判示のコンクリート製支柱にネツトが張り巡らされただけであり、その排除も巻取機の止め金をはずせばわずか数秒ででき、かつ、その費用も全くかからず、また、相手方に与えた損害もなく、更に占有者が執行官で不法な力に対して排除できる力を有していたことを併せ考えると、右ネツトを張り巡らす行為は不動産侵奪罪にいう侵奪にあたらないのであつて、以上の点で、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある、というのである。

2  所論にかんがみ、原判決が原判示第一で認定判示している事実にその挙示する関係各証拠を加えて検討すると、原判決が原判示第一の事実について封印破棄罪と不動産侵奪罪との各成立を認めたのは正当として是認することができ、原判決に所論主張のような法令適用の誤りはないと判断される。以下に所論ごとに補足して説明する。

(1)  所論(一)について

原判決が挙示する関係各証拠によると、原判示の公示札が、原判示第一の犯行当時、茶色の包装紙で覆われ、その上から右包装紙が飛ばないように白のビニールテープで十文字に縛りつけられた状態(そのままでは公示札の内容を読むことができない状態)で立てられていたことは、所論のとおりであるけれども、更に右各証拠によれば、右公示札は、原判示の栁田執行官が同判示の仮処分執行の際に立てた場所に、しかも、外見上、立札であることが明らかな状態で立てられていたうえ、右のビニールテープ、包装紙とも容易に除去しうるものであつた(右包装紙を除去すれば、公示札の内容を了知することができる状態にあつた)と認められるから、右公示札は、いまだ差押の標示としてその効力を滅却するに至つていなかつたと解するのが相当である(原判決も以上と同旨の判断をしたと推認される。)。それゆえ、被告人が右公示札の存在、内容を認識しながら、その趣旨を無視し、情を知らない坂倉幸治らをして原判示のネツト張りの工事を完成させて原判示の本件土地をゴルフ練習場施設として囲い込んだ(以上の所為が同時に不動産侵奪にもあたることは後記詳述するとおりである。)以上、これが封印破棄罪にいう差押の標示を無効ならしめる所為にあたることは明らかである。所論引用の判例は事案を異にし、本件に適切でない。

(2)  所論(二)について

所論指摘のコンクリート製支柱にネツトを張り巡らす所為は、原判示第一の事実によると、被告人が、(イ)、ゴルフ練習場の建築工事に着工し、本件土地を含む原判示の一定区画の土地について、高さ約〇・五五メートルの土盛りをし、その周囲の北側、西側及び南側にゴルフ練習用のネツトを張るためのコンクリート製支柱一一本を建てた段階で、田中秀文を申請人とし被告人を被申請人とする原判示の仮処分決定(本件土地を含む田中所有の土地について、右工事の続行禁止や被告人の占有を解いて執行官の保管にするなどの内容)があり、その仮処分の執行がなされた状態を前提としたうえで、(ロ)更に情を知らない坂倉幸治らをして、右支柱一一本を利用し北側に東西約四二メートル、西側に南北約二〇・七メートル、南側に東西約四二メートルにわたつて各高さ約一五メートルのゴルフ練習用ネツトを張り巡らし、かつ、その天井部分の全面を同ネツトで覆う工事を完成させて本件土地を練習場施設として囲い込んだというものである。以上の事実に原判決が挙示する関係各証拠を加えて考察すると、原判決は、被告人が右仮処分の趣旨を無視してゴルフ練習場の建築工事を続行する意思のもとに、右(ロ)の所為に及び、これにより本件土地に対する執行官の立入りなどを不能にしてその占有を排除するとともに右土地について自己の占有を設定した趣旨を認定判示したものと解することができる(なお、原審で取り調べられた関係各証拠に照らすと、右(イ)、(ロ)を含め原判決が原判示第一の事実を認定したのは正当と認められ、この認定に事実誤認のかどもない。)。これによると、被告人の右(ロ)の所為は、不動産侵奪罪にいう侵奪にあたるものであり、本件で同罪の成立することは明らかである。所論指摘のネツト排除の装置の存在なども、この判断を左右するに足りない。

3  以上のとおりであつて、原判決に法令適用の誤りはないから、論旨はいずれも理由がない。

二  控訴趣意中、原判示第一の事実に関する事実誤認の主張について

1  所論は、要するに、原判示第一の事実について、(一)被告人は、原判示の仮処分執行のあつた昭和五八年七月一二日から坂倉幸治らがコンクリート製支柱にゴルフ練習用ネツトを張り巡らした同月一八日までの間に、右坂倉らにネツト張りを命じたことがないのであり(仮に、ネツトを張らせたとしても、さきに述べたとおり、原判示の公示札はすでに差押の標示としての効力を失つていた。)、また、(二)被告人は、当時、仮処分の債務者たる地位にないものと信じていた(右誤信は故意を阻却する。)のであるから、被告人に封印破棄の故意はなく、更に(三)被告人は田中秀文の念書が有効であり、本件土地はこれを被告人が使用できるものと信じていたのであつて、この点では不動産侵奪における不法領得の意思も欠いていたのであり、以上の点で、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、というのである。

2  しかしながら、原審で取り調べられた関係各証拠により原判示第一の事実を認めうることは、さきに説示したとおりである(なお、原判示の公示札が右犯行時差押の標示としての効力を失つていなかつたこともすでに判断したとおりである。)。若干、補足すると、原審で取り調べられた関係各証拠によると、被告人は、右犯行時、前記公示札の存在、内容を熟知していながら、前記仮処分の趣旨を無視してゴルフ練習場の建築工事を続行しようと考え、これより先自己が業者にネツト張りの工事を発注していたため、これにより情を知らない坂倉幸治(業者)らが右犯行の日現地に来てネツト張りの工事をするのを認めながらこれを認容し、同人らにそのまま同工事をさせてこれを完成させたことなどが明らかである(なお、被告人が同日の工事に関与していることは、検察事務官作成の昭和六一年二月五日付報告書中「七月一八日」の欄に「室長……張り込み応援」なる記載があり、かつ、関係証拠上、この「室長」が被告人を指すものと認められることなどからも、これをうかがうことができる。)。以上によると、被告人は、自己の犯意実現のため情を知らない右坂倉らの行為を利用して右ネツト張りの工事を完成させたという関係にあることが明らかであり、また、被告人に所論の封印破棄の故意や不動産侵奪における不法領得の意思があつたこともまたこれを認めるに十分である。

以上のとおりであつて、原判決が所論の点を含め原判示第一の事実を認定したのは正当であり(被告人の原審公判廷における供述のうち、この認定に抵触する部分は信用することができず、当審における事実取調べの結果によつても、この認定は左右されない。)、原判決に所論主張のような事実誤認のかどはない。論旨は理由がない。

三  控訴趣意中、原判示第二の事実に関する事実誤認の主張について

所論は、要するに、原判決は、それを認めるに足りる証拠もないのに(信用性に欠ける各証拠に依拠して)、原判示第二の傷害の事実を認定したのであつて、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、というのである。

所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに、原審で取り調べられた関係各証拠を総合すると、原判示第二の事実を優に認定することができる。補足すると、所論が信用性に欠けると指摘する各証拠のうち、カセツトテープ一本(当庁昭和六一年押第一一一号の一)は原判示第二の日時・場所において田中ヨシエにより録音されたことが証人田中ヨシエ及び同田中秀文の原審公判廷における各供述によつて明らかであり、また、司法警察員作成の捜査報告書添付の写真四枚は原判示第二の日(昭和五八年一二月三日)から四日後の同月七日津市内の長谷写真館で撮影されたことが右田中ヨシエの供述によつて明らかであるうえ、右カセツトテープの内容や写真自体に徴しても、同女が被告人から暴行を受けて原判示の受傷をしたという事実が作為されたものとは到底考えられず、これらの証拠及び前記証人らの原審公判廷における各供述のうち原判示第二の認定に沿う部分の信用性に疑いはないものと判断することができる。被告人の原審公判廷における供述及び当審で取り調べられた被告人作成の「起訴に対する趣意書」と題する書面のうち、以上の判断に抵触する部分はいずれも信用することができない。それゆえ、原判決が原審で取り調べられた措信しうる関係各証拠により原判示第二の傷害の事実を認定したのは正当であつて、原判決に所論主張のような事実誤認のかどはない。この論旨も理由がない。

四  控訴趣意中、量刑不当の主張について

所論は、要するに、被告人を懲役一年六月・三年間刑執行猶予に処した原判決の量刑が重過ぎて不当である、というのである。

所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに、本件は、民事上の紛争が絡むとはいえ、前叙のとおりの封印破棄・不動産侵奪(原判示第一)と田中秀文の妻ヨシエ(当時六二歳)に対する傷害(原判示第二)とから成る事案であり、証拠に現れた右各犯行の罪質、動機、態様、結果等を考慮すると、被告人の刑責は決して軽視することができない。それゆえ、本件が民事上の紛争を背景とするものであること、原判示第二の傷害が加療約一週間という軽微なものであつたこと、被告人に前科や犯罪歴が全く見当たらないことなど肯認し得る所論指摘の諸事情を被告人のため十分斟酌しても、原判決の量刑は相当であり、これが重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、なお、当審における訴訟費用は、同法一八一条一項本文により被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

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